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ワールドカップ 次はパラグアイ戦

2010年5月10日都内のホテル。
南アフリカワールドカップ代表選手が発表された。

集まったマスコミ関係者、その数865人との発表。
地上波全局と地方局、スカパー!、WOWOWなど、テレビカメラが約40機、最後列にスタンバイ。
最前列にはスチールカメラマンが多数待機している。
広い会場は人で埋まった。

定刻の14:00、JFA広報担当・松田氏の司会により、三人の男が入場してきた。
壇上に上がり、一礼したあと、我々から見て左に技術委員長の原博実、中央に監督の岡田武史、右に副会長の大仁邦彌が座った。

大仁が簡単な挨拶を述べ、原は若干緊張の面持ちでスポンサー各社に謝辞を述べる。
3人の左右には代表ユニフォームを纏ったマネキンとブルーの千羽鶴がディスプレイされている。
そして岡田がいよいよ前置きなく代表選手23名の名前を淡々と読み始めた。

先の二人がスピーチしている最中、岡田はテレビ用のライトが眩しいのだろう、終始うつむきかげんでその表情はうかがえない。
原にいたってはあからさまに顔をしかめている。
見ようによっては苦渋の表情に見えないこともない。

岡田が選手名を読み上げている時、会場が二度小さくどよめいた。
GKの川口能活とFWの矢野貴章の名前が呼ばれた時だ。
その模様は地上波で生中継されたので、興味深く見守っていたテレビの前のサッカーファンも、おそらく同じように感嘆の声を上げたことだろう。
その後、記者との質疑応答の最後の方の質問に岡田はこう答えている。
「おそらくもう監督をやることはないと思います」
横でそれを聞いていた原が苦笑いの表情を浮かべた。

そのようにして、4年に一度のワールドカップメンバーが発表されたのだった。

あれから45日後の6月25日未明、日本代表はみごとグループ・リーグを2位で勝ち抜き、
ノックアウト・ステージへ歩を進めた。

緒戦は6月14日のカメルーン戦。
これまで岡田が見せ、口にもしながらその都度醜態を晒してきたショートパスをつないで早くフィニッシュまで持っていくというサッカーとは180度違う、見ていてイライラするような超守備的サッカーで、エトゥを擁しながら全然調子の上がらないカメルーンを1-0で下した。
日本代表にとってこの緒戦に勝利することは、先に進むにあたっての至上命題だった。

中4日を挟んだ6月19日のオランダ戦は最少失点の0-1で敗戦。
先制された後の岡田はもっと攻撃に比重を移したがっているように見えたが、選手は守備を第一に考えていた、あるいは攻撃にまでは手が回らなかったのか、惜しいところはあったものの、やはり攻撃という点では若干のフラストレーションは残った。
しかし、内容的には悪いサッカーではなかった。
カメルーン戦との比較ということを抜きにしても、選手が自信を持つに値する内容にはなっていたと思う。
なんせ相手はオランダ代表なのだ。

そして日本時間で6月25日未明(3:30キックオフ)に行われたデンマーク戦。
日本は引き分け以上で次のステージに進めるという、それだけを考えれば有利な状況だったかも知れない。
しかし、クライフが日本のメディアの取材に対してデンマークを高評価していた通り、そう簡単に勝てる相手ではないと思われた。
しかし、終わってみれば結果は3-1での勝利。
それも内容を伴ったみごとな勝利だった。


さて、そこで私は考える。
この代表をどう評価するべきなのか。
ワールドカップ本番だけの評価でいいのか。
あるいはそこに至るまでの勝敗の意味は何なのか。
日本代表という存在は日本サッカー界にとっていったいどういうものなのか。

評価の判断を下すまで、いや、それ以前に評価の方向性とでもいうべきものを決めるまで、
時間的な猶予を日本代表は私に与えてくれた。

日本代表の次の戦いは日本時間で6月29日23:00キックオフ。
相手は4大会連続、通算8回目の出場でイタリアのいるグループを1位で勝ち抜いてきたFIFAランク31位のパラグアイ。
南米らしいテクニックとハードな守備を売り物に、南米予選ではブラジル、アルゼンチンの2強に割って入る存在となったチームだけに、日本が勝てる可能性は決して高くはないだろう。
しかし、得点源のサンタクルスに今や全盛期の輝きはない。
組織力もしっかりとしたパラグアイだが、その点では今の日本に勝ることはないだろう。

今の代表チームが目指しているのはベスト4なんかではない。
目の前の1勝、パラグアイ戦での勝利だ。
そこに勝てばスペインかポルトガルとの対戦が実現することになるが、今はそれもどうでもいい。


ところで、5月10日の代表選手発表の席に日本サッカー協会の犬飼会長の姿はなかった。
彼はどこにいたのか?
実はその日のその時間、犬飼は都内にあるパラグアイ大使館にいたのだった。
もちろん、日本とパラグアイが予選を勝ち抜くことを想定し、いろいろな調整の相談をしていた。
……なんてことはあるわけもなく、おそらく2022年のワールドカップ招致活動の一環だと思われる。

パラグアイとの試合結果がどうなるかは当然わからないのだが、少なくとも“良い試合”となることを心から願う私なのだ。


※グループリーグで日本と同組だったカメルーンはすでに大会を去ったが、本日6月26日はカメルーンの代表選手だったマルク=ビビアン・フォエが試合中のピッチで倒れ、帰らぬ人となった日である。
改めて冥福を祈りたい。

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