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   ライトグリーン・セイバー

 

6月7日(日)川崎フロンターレ対湘南ベルマーレ戦を観戦した。
試合前は川崎の守備について考えることをテーマにしていたのだが、試合後に考えが変わった。自分の言葉で残しておかなければならないことが他にあったからだ。
それは湘南ベルマーレのことだ。だが菊池大介の“幻のゴール”のことではない。それは誰か他の書き手が書いてくれるだろう。

曺貴裁(チョウ・キジェ)監督、彼だ。
 
試合後の監督会見に現れた曺監督は沈痛な面持ちで重々しく口を開いた。質疑応答前の試合の総括は短いものだったが、それはすべて“幻のゴール”のことに充てられた。
「ゴールが入ったか入っていないかで今年はすごく揉めていますけど、指導者として監督としてそれが実力だと言われればそこまでだと思います。でも今の僕の気持ちはそれが彼らの実力だと切り捨てるのもなかなかできないです」
まるで冤罪被害者の会見のような痛切さで、聴いている私としても胸が痛む思いだったのだが、話を聴きながら「こりゃあ、この監督なら選手はついて行こうと思うわなぁ」と感じていた。
そして突如、彼に関する何年も前のことを思い出した。
 
 
曺監督が現役を引退して指導者としてスタートを切ったのは2000年、奇しくもこの日の対戦相手であった川崎でのことだった。トップチームのアシスタントコーチとして一年、そして翌年はジュニアユースの監督として一年間指導をし、川崎を去った。
クラブを去ることが決まったあとの等々力スタジアムのトップ試合で私はたまたま曺さんとすれ違った。
 
その頃の川崎はトップチームの試合ですら集客がままならない時代で、ましてやアカデミーの練習や試合を観に行くような(保護者を除いた)サポーターはほとんどいなかった。当時私はまだサッカーライティングをしておらず、98年に川崎に引っ越してからはイチ観客としてヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)やフロンターレの試合に足しげく通っていた(ちなみに当時の私にとって日本のフットボールスターは現在FC岐阜で監督を務めているラモス瑠偉選手だったが、残念ながら98年シーズンをもって引退してしまった)。
その流れでいつしかフロンターレのサポーターとなり、それはサッカーライティングをはじめるまで続いた。 
そういうことがあって私は曺さんの指導するフロンターレ・ジュニアユースの練習もほんの数回ではあるが見学に行ったことがあった。
 
等々力スタジアムの通路ですれ違ったとき、私は思わず「いつか戻ってきてください」と声をかけた。サポーターとしてその言葉には何のわだかまりもなかった。ところが曺さんは立ち止まったまま、じっと私の目を凝視するだけで、何も口にしなかった。
あの時の曺さんの揺れるような黒い瞳を私はなぜか忘れずにいる。
今ならその意味がわかる。嘘が嫌いな人なのだろう。
 
今でもサポーターはクラブを去る選手や監督、コーチなどに同様の声をかけることがよくあるだろう。
だがそれは時として当人にとってとても残酷な言葉として響く場合がある。自ら望んでクラブを去るのならまだしも、誰も好きこのんでクビになどなりたいわけがない。
クラブの事情でやむなく去らなければならない身にとって「いつか戻ってきて」という言葉はそう素直に笑って受け答えできる種類の言葉ではない。もちろん例外はあるにせよ。
私が曺さんに「いつか戻ってきて欲しい」と言ったのには理由があった。2000年の一年間トップチームのコーチをしただけで彼は選手の信頼を勝ち得ていたからだ。当時の複数の選手からそういう話を聞いていた。
 
そして先週の川崎戦だ。
すでにこれまで何度か同様の記事を目にはしていたが、湘南の選手たちはとても気持ちのよいプレーを見せてくれた。それが曺監督によってオーガナイズされていることは一目瞭然だった。
ボールホルダーには必ず誰かがプレスに行き、誰かが空けたスペースを他の誰かが埋める。守備では全員が自陣に戻り、マイボールになると何人もの選手が一斉にわらわらと相手陣内に駆け上がる。前に見た試合ではもっと走っていたようにも思えたが、見ようによってそれはオシム監督時代のジェフ千葉のようでもあった。
選手は自分の役割に当然のように味方のフォローを含めていた。
彼らはチームなのだ。
当たり前のことだがそう思った。強く思った。
 
選手の必死さは見る者にテクニック以上のものを伝えてくれた。心の深いところに迫るものがあった。試合に勝ったのはホームの川崎の方だったが、私に残ったのは湘南の選手たちの清々しいまでの献身的なプレーだった。
そして記者会見での曺監督。
監督の力というのはサッカーを知っているだけでは身につかないものなのだと改めて感じさせてくれた。

湘南の2014年度における決算を見ると、チーム人件費は今シーズンのJ1クラブの中で下から二番目、5億円に満たない額になっている。
そういった状況の中で曺監督はチームとしてできることを最大化し、選手たちはピッチの中で自分たちの役割と責任をきっちりと果たそうとしていた。
何よりサッカーをやっていることがとても楽しそうに見えた。まだまだこの先があるのだろう、嫌でも未来に期待してしまうサッカーを見せてくれた。

“幻のゴール”について私はネット上にあるいくつかの静止画と動画を繰り返し見た。ゴールインしているようにしか見えないものもあれば、ラインにかかっているように見えるものもあった。実際にどうだったのか私にはわからない。わからないが、湘南ベルマーレというチームが今のサッカーを継続・発展させられるのであれば、いつかはその悔しさ以上の喜びをホームタウンの人々と分かち合える時が来るだろう。あの試合のピッチと湘南のゴール裏を思い出しながら今そう思う。
 
今の私はどこのサポーターでもないが、サッカーメディアに関わる者として、そしてイチサッカーファンとして、Jリーグが大好きだ。
途中出場した川崎・中村憲剛の劇的に流れを変えるパフォーマンスも素晴らしかった(かつて彼のデビュー二年目の私が観たアウェイゲームでも同様のことがあった)が、湘南のサッカーは私に改めてサッカーの、そしてJリーグの素晴らしさを感じさせてくれた。
 
ささやかな感謝の気持ちを勝手にここに捧げたい。




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