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  浦和レッズというクラブの体質について


浦和レッズはここ数年、チーム成績も観客動員も低迷を続けているが、それでも予算規模としてはまだ日本でトップの地位を譲っていない。
レッズの躍進は2003年から2007年の間に集中している。
この間のクラブ社長は三菱重工業から三菱自動車工業を経て就任した犬飼基昭氏(2002年~2006年6月)である。
2007年のACL優勝というタイトルは犬飼氏が前年に作った体制の遺産といって差支えないだろう。
この犬飼氏だが、重工から自工という生粋の三菱育ちでありながら、責任企業(親会社)である自工から独立してソシオクラブにしようと考えていた。
クラブを更に発展させるためには三菱自工からの脱却が必須だと思っていたのである。
しかし、皮肉にもクラブを発展させたことによりJリーグに引き抜かれ、その後は日本サッカー協会の会長にまで上り詰めてサッカー界を去ってしまった。
犬飼氏が去ったあとのクラブ社長は藤口光紀氏(2006年6月~2009年4月)、橋本光夫氏(2009年4月~2014年1月)が務めたが、自工出身ではない藤口氏は私に、親会社である三菱自工との考え方に相違があり、やりにくい面があることを話してくれたことがある。
橋本氏はその自工から送り出された社長であったが、犬飼氏とは違い、自工の体質を色濃く纏った人物であった。


私は2011年3月10日に発売された『サッカー批評50』に、当時社長だった橋本氏とGMだった柱谷幸一氏に対するインタビュー記事を書いている。
そのインタビューの本文記事は措くとして、最後に追記した部分を以下に引用・転載する。
橋本氏とやりとりの窓口となった当時の広報担当者について書いているのだけれど、どうかクラブ全体のこととしてお読みいただきたい。
今回の横断幕問題に対するクラブの一連の対応を念頭に置き、考える材料のひとつになればと思う。

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《追記》
本文原稿と巻末の著者プロフィールを編集部に渡し終えてこれを書いている。
私は常々、できる限り取材対象の生の人物像を読者に伝えたいと思ってきた。
しかし、今回の橋本光夫氏に関してそれができたという実感はまるでない。
私は橋本氏のインタビューテープを繰り返し聴き、それを文字にしたものを何度も読み返しながら『レッズの再建はこの人には難しいだろうな』と感じ続けてきた。
責任逃れや言い訳、取り繕いといったものを至るところに感じるからだ。
それでも何とかポジティブな原稿にしようと書いたものに対して、今度は広報を通じて追加・削除・訂正を求めてきた。事実誤認の訂正に関しては何も問題はないが、私が残したいと考えた部分に関してもそれがあった。
「基本的に発言内容は変えたくない」と言う『サッカー批評』編集長・森哲也に対し、広報氏は「なんかいい関係作れなさそうですね。ギスギスした会話しかないということですね。(略)そういうのだとなかなか取材とかっていうのはしづらくなると思います。全部『わかりません』とか、はっきりイエスかノーかで答えていった方がいいという感じですね」と告げている。
それしかできないというのならそうすればいいではないか。
私は事実を書くだけなので一向に構わない。
ただし、それしかできないレッズの社長をどう思うかというのはまた別の話だ。

レッズはいったい自分たちの何を見せたいのか? 
取り繕ったものだけを見せて、自分たちはいったいどうありたいと考えているのか? 
いくら取り繕っても実態は何も変らないし、必ずぼろは出る。
人と腹を割ったコミュニケーションをしようとせずに、それでレッズを取り巻く何を動かせるというのか。
レッズを良い方向に変えていきたいと考えているのなら、メディアの記事内容を変えようとするのではなく、自分たちが変わる努力をもっと本気でするべきではないのか? 
失望を禁じえない。

(『サッカー批評ISSUE50』2011.3.10発売 P32~P36 「浦和レッズは覇権を奪回できるか?」より)
 ※改行は変えてあります。

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上記の追記部分は原稿全部のゲラが上がってきて、校正を済ませて一旦は編集部に返した後で本文を削り、文字通りギリギリで追記したものだった。
その際、当然編集長ともやりとりをしている。
私は「レッズは変わらなきゃダメだ。これを載せたからといって変わるとは思わないが、書かないよりはマシだ」と力説した覚えがある。特に最後の段落はそれを思いきり意識して書いたものだった。
その後、今年の1月で退任するまでの橋本氏は、上記記事を掲載した頃とはずいぶん変わったように私には映っていた。
だからそのことを書きたい気持ちもあった。
でもクラブの体質はおそらく何も変わっていなかった。

橋本氏の後任となった淵田敬三氏は今年社長に就任したばかりでいきなり大変な問題を背負ってしまい、少々気の毒と言うか、不運に思える面もあるが、それでも社長は社長である。
今回の事件を機にクラブは今度こそ体質を本気で変えなければならない。
おかしな方向に変えるのではなく、チームやサポーターとともに、新たなる浦和レッズの哲学を作り上げるのだ。
チームの戦術やシステムのことではなく、それこそが日本で一番大きな浦和レッズというクラブにとっての真の意味での“レッズスタイル”になるのだと思う。


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