スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

  浦和レッズの件が論じられていることでちょっと思うこと 


浦和レッズ(あえてサポーターとは書かない)が今回、前のエントリーに書いたように大きな問題を起こしてしまった。
前回のエントリーをアップした午後にはJリーグから史上初となる無観客試合という裁定がなされた。

今回の「JAPANESE ONLY」と書かれた横断幕掲出についてのこの裁定が、これからの日本サッカー界におけるあらゆる差別に関する問題の基準となるのだろう。

ところで、この件についてテレビ・ラジオ・新聞などの各メディアがトップニュースで報じ、あるいはネット上でいろんな人が論評、意見表明、雑談を行っているわけだが、私にはどうもしっくりこないもやもやが残っている。
そのもやもやの原因はわかっているのだが、なかなかうまく言葉にできない。
ここではそのいくつかあるもやもやのうち、比較的言葉にしやすいことを書いてみる。

もやもやしているひとつは「差別」と「棲み分け」のことだ。
いろんな論調を見て聴いて読んでいると、このふたつのことを(あるいはほかのことも合わせて)一緒くたにして論じているのがほとんど。

今回の「JAPANESE ONLY」と書かれた横断幕について、私の聞いた作成・掲出者の意図というのは前エントリーに書いたし、浦和の淵田社長も記者会見で述べている
淵田社長の言を借りれば「この頃、浦和の試合にはけっこう海外の観光客の方もちょっといらっしゃるんで、そういう方たちが来て統制がとれなくなるのは嫌だ」ということだった。
私が聞いた話ではもうちょっと、なんというか「応援の熱を下げたくない」というようなニュアンスが入っていたのだが、いずれにしても結果的に「JAPANESE ONLY」という文言を使っている以上、それは人種差別以外の何ものでもない。

では、もしあの横断幕の文言が仮に「fervently supporter only」であったならどうだろうか?
「熱烈なサポーターのみ入場可」くらいの意味になる(私の英語の使い方が間違っていなければ)。
これは大体世界中、どこのクラブのスタンドにもそういう場所がある。
呼び名や陣取る場所に若干の違いはあるが、その実態や意味はほぼ同じだ。
「ゴール裏」「クルヴァ」「コアゾーン」「バモ(ス)ゾーン」などと呼ばれる応援(声援)の中心部のことだ。
そういう場所に陣取るサポーターは選手を鼓舞するために大きな声でチャント(応援歌)を歌い、腕を振り上げ、飛び跳ね、選手やチーム名をコールする。
私も何年かそういう場所にいたからわかるが、それが選手たちの後押しになると本気で信じているし、選手もそれを感じている。実際に何人もの選手から「出ない足が出る」ことを確認した。

そういう場所では何もしない人のことを「地蔵」と呼んで非難する。
「だってここはそういう人がいていい場所じゃないから」と。
「JAPANESE ONLY」は人種に対する差別で完全アウトだが、この言い分はどうだろう?

席は自由席で、そこにいる人たちは早くから並んで(前日だったり当日早朝だったり、クラブによって入場順についての取り決めがある)その席を確保している。
「自由席なんだから誰がいてもいい」というのが正論だ。
ちゃんとルールに従って席を確保したのならば誰かに文句を言われる筋合いはない。
正論ではあるが、だけどそれは机上の正論だ。
スタジアムでそれは通用しない。
コトの是非や善悪を言っているのではなく、現状でそれは通用しないと言っているのだ。

かつて、故・立川談志が大昔にこんなことを言っていた。
実際にあったことだったか、何かのたとえだったのかは忘れてしまったが記憶ではこうだ。
「日本人の若いねえちゃんがミニスカートでニューヨークのスラム街に行ってレイプされたからって、そりゃ行く方が悪い。人道的にどうだこうだっていくら正論並べたところで、そこはそういう場所なんだからしょうがねえ」

スタジアムにスラムがあっていいわけはない。だからこれはたとえとしての引用(記憶)だ。
つい最近、twitterを通じてFC東京サポーターのこういうblogを読んだ。
ここに書かれているようなことはどこのクラブのスタンドでも起こっている。
起こっていないところでもいずれきっと起こる。

「にわかと古参」の軋轢というのがある。
本来ならば「新参と古参」と言うのが比較としては正しい気もするが、そんなことはさておき、まだわずか二十年をちょっと過ぎたばかりのJリーグのスタジアムでも何年も前から起こってきたことだ。
最近ネットでよく目にする論調としては「にわかで何が悪い」の方がやや優勢に思えるのだが、実際のスタジアムではどうなのか。

不特定多数の人間が、特定の旗印のもとに集まるのがスタジアムだ。
そこにはどうしたって一定の秩序が必要になる。
だから先述のコアゾーンをクラブが公式に指定しているところもあるし、サポーターと話し合いの上で公認という形をとっているところもある。
クラブにしてみればトラブルを未然に回避することを考えなければならないし、別のフェーズで考えれば、コアゾーンの形成如何によって集客数に大きな影響が出てくるということもある。
先の「にわか優位」の背景には、集客数が減ってきているという現状もあるだろう。
誰でも受け入れなければ客は増えないのだ、と。

私はこうしてblogを書いたり、twitterやmixiをやったりしてきて思うようになったことがある。
「SNSの世界ではマナーや規律、倫理などといったものは、ある程度その機能が規定していくものなんだな」と。
人が書く・表現すること自体はアナログ時代と何ら変わりはないが、SNSの世界ではフォローだとかブロックだとか閲覧制限だとか、媒体によってさまざまな機能があり、それによってアナログ時代とは違うことが生まれてきていると感じるのだ。
twitterでは何人かにブロックされたらそのアカウントは凍結されると聞いた。
鍵のかかったアカウントにリクエストを送ったけれど、いつまで経っても読めないということはその人に拒否されているのだし、鍵がかかっていなくともブロックされていればtweetが配信されてこないし、読む方法はあっても、そのアカウントからは読むことができない。
私はいろいろと試行錯誤の末、そういった機能を使いこなすことに躊躇は必要ないと考えるようになった。
誰かにブロックされようが、誰かをブロックしようが、そんなのは単なる機械的に備わった機能じゃないか、と。
無理やりにでもそう思うことにした。
機能を使って知らない人同士が簡単に知り合えるし、逆に疎遠にもなれる。
そういうことを織り込んだ上でのマナーや規律、倫理というものが生まれつつあるのだな、と。
まったく個人的なイメージに過ぎないが、私が最近ネット上で目にする「にわか優位」にはSNSのそういったイメージが重なる。ポジティブな意味合いにおいてもネガティブな意味合いにおいても。

古参としてずっとコアゾーンにいる人たちは、現在の秩序を作るために長い時間をかけてきた。
秩序というのは機械的にすぐにできるものではない。
それによって優越意識とか特権意識とかが生まれておかしな方向にいってしまい、今回の浦和で起こった出来事を呼び込む大きな要因になってしまったのだろうとも思うが、考え方のひとつとして、私は「棲み分け」というのはとても重要なことだと思っている。

海外の危険な地域に下準備もなしに飛び込んだ日本人が現地で拉致され、人質となった時、日本では「自己責任だ」という論調で溢れかえった。
自分にとって適切な居場所を見つけるという“スタジアムでの作業”は必要ないだろうか? 互いの幸福のために。
だって、そこは時間をかけてそうした場所として作られてきたのだから。
こういうと「そんな考え方が差別につながるんだ。いや、それこそが差別そのものではないか」と。
違う、そうじゃない。
私はどちらにつくという立場を取っていない。どちらの立場でもない。
言いたいのは、現状がそうであるのだから、わざわざ嫌な思いをする場所に行かなくてもいいのではないか、ということだ。
そんな嫌な思いをする場所に行かなくても他に席はある。

「自分がどこに席を取ろうと自由じゃないか!」
はい、その通り。自由席なのだから自由だ。
だけど、どうしてコアゾーンに行きたいのか?
そこに何らかの魅力を感じるからだろう?
その魅力がどうやって作られてきたのかを考えたことはあるのか?
自分もその魅力を作る一員として機能できるのか?

……と書いていて思い出した。
巨人に松井秀喜が入団した頃(ということはJリーグが開幕した頃)東京ドームのライトスタンドに座ったら、周り中が応援する人たちでいろいろと嫌な思いをしたのだった。
プロ野球を観に行ったのはその時が3回目くらいで、外野席ははじめてだった。
私はそこがそういう席だとはまったく知らずに座ったのだった。だって、空(あ)いていたから。
あれは嫌だったな。だから途中で席を移動した。

今回の浦和の件も踏まえて、時間はかかってもサポーター同士でいろんなことを変えていくことはできるだろう。
また、そうでなくてはいけないとも思う。
でなければSNSのように機能を導入するしかなくなる。
つまり、クラブによる全席指定席化や鳴り物・集団での応援・立ち見禁止などだ。
想像するといかにもつまらなさそうだが、それはそれでひとつのやり方ではあると思う。

私自身は集団で声援を送る人たちがいようがいまいが、今はどうでもよくなっている。
面白いサッカーさえ観られればそれでいい。


ここでは意識して言葉にしやすいことを書いた。
冒頭に書いたようにもやもやすることは他にもある。
あるのだが、うまく言葉にできないから余計にそのもやもやが募る。

そして本当はこのエントリーに書くはずだったこともある。
それは浦和レッズというクラブの体質についてのことなんだけど、思いのほか今日のが長くなってしまったので、
気が変わらなければ次にエントリーしようと思う。






Trackback
Trackback URL

Compact Menu Box

«  | HOME |  »

TOP

MENU

NEW↓

0609051303150315031303031214092609200314

COM↓

TB↓

ALL Adm

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。