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   J1リーグの2ステージ+ポストシーズン制のこと



9月17日(火)、14時からJFAハウス内で行われた2013年度第9回Jリーグ理事会にて、2015年シーズンからのJ1リーグ大会方式変更が決定し、報告された。

変更後の大会方式は以下の通り。

■[形式]
18クラブによる2ステージ制リーグ戦および、スーパーステージ(SS)とチャンピオンシップ(CS)。

■[リーグ戦]
各ステージ1回戦総当たりのリーグ戦。両ステージでホーム&アウェイとなる。各ステージ17節、153試合(両ステージ合計306試合)。年間勝点1位のクラブはCSへ、各ステージ1位・2位クラブはSSに進出。

■[SS]
各ステージの上位2クラブによるノックアウト方式のトーナメント戦。
1stステージ1位と2ndステージ2位、2ndステージ1位と1stステージ2位で1回戦を行い、勝利クラブが2回戦に進出。2回戦の勝利クラブがCSに進出する。

■[CS]
年間勝点1位のクラブと、SSの勝利クラブによる年間チャンピオン決定戦(1試合)。

<注>
リーグ戦の試合会場は原則として各クラブのホームスタジアム。
クラブが重複する場合や、SS、CSの試合会場、年間順位の決定方法等については決定次第発表。


この決定については冒頭の理事会で承認され、正式に最終決定されたわけだが、私の思うことをつらつらと書いてみよう。



まず最初に私の意見を表明しておく。
私はこの大会方式変更に反対だ。
明確に、強く、心の底から反対だ。

ここで説明できる私の反対理由は単純。
私にとっては現行の1ステージ制で充分に面白いからだ。

では今回の変更でJリーグはつまらなくなるのか?
そうは思わない。
競技としてのサッカーの試合だけを考えるなら、
サッカーは1試合で引き分けを含めた形で決着がつくのだから、
90分の内容さえ面白ければ、大会方式の変更があっても試合自体の面白さが変わるとは思えない。
日程的面での大きな問題は残っているにせよ、私は相変わらずJリーグを見るだろう。


だが、それは競技としてのサッカーを考えた場合のことだ。

私はサッカーを競技としてだけ見ているのではない。
私がJリーグに強く引き込まれている理由は、競技スポーツ以外の側面がJリーグには多く備わっていると感じているからだ。
そして、その競技以外の側面に切実な思いを抱き、その思いが私をJリーグの泥沼のような魅力にぐいぐいと引きずり込んでいくのだ。

競技以外の側面とはなにか?
ドラマである。
誤解をおそれずにいうならばそれはフィクショナルな部分をも含んだドラマである。

私はJリーグを通して4種類のドラマを見ている。
ひとつめは90分で決着のつく1試合のドラマ。
ふたつめはシーズンを通しての一年間のドラマ。
3つめはノックアウト形式によるトーナメントのカップ戦によるドラマ。
残りのひとつは、クラブやリーグの終わらない(はずの)ネバーエンディング・ストーリーのドラマだ。

私はJリーグの試合を見ながら、緑に輝くピッチの上には現れないものも同時に見ている。
スタジアムで私が見ているのは、ピッチ上で躍動する22名の選手と1名の主審および2名の副審。
ベンチにいる控えの選手と監督・コーチ、トレーナー、通訳、チームドクター。
第4の審判とテレビ中継のスタッフ、スチールカメラマン、スタンドに陣取る試合には登録されなかった選手や、クラブ関係者の家族、選手エージェント、他クラブスタッフ、リーグ・協会関係者、メディア関係者、ホームタウンの行政関係者、スポンサー関係者など。
そしてサポーターだ。

私が見ている4種類のドラマでは上記の人々が複雑にからみあい、さらには登場人物として姿を現すことのない、Jリーグに関心のない人々までが大きな意味合いを持って、一筋縄ではいかない、そして誰も明確な説明をしてくれないことも多い複雑なストーリーを展開しているのだ。
時には過去・現在・未来が時空を超えて呼応しあい、過去の主役が突如現在に大きな役割を担って登場したり、すでにこの世には存在しない者が未来を変える可能性を孕んだりもする。
移籍や戦力外をめぐる目には見えにくい事情を抱えた人間ドラマがあり、誰にも抗えない自然災害による突発的なドラマがあり、絶望的な悲しみや、爆発的な歓喜があり、静かな深い諦念があり、それを乗り越えて何とか前に進もうとする希望を見る。

いま日本中で話題となっているNHKの朝ドラマ『あまちゃん』の脚本家・宮藤官九郎ですら書けないようなストーリーが、日々更新されながら現在進行形で切実に展開されている。そしてそこには私自身も含まれている。
それが私にとってのJリーグだ。

今回Jリーグが正式に決定を下した大会方式変更は、私にとってのシーズンドラマの面白味を希釈してしまう、ドラマとしてのコクが薄れてしまうのではないかと懼れているのだ。

思い浮かべるのは高倉健が主役の『昭和残侠伝』という東映のヤクザ映画シリーズ。
高倉健演じる主人公が理不尽な仕打ちに耐えに耐えて、最後に命を賭して敵陣に乗り込む。
そのカタルシスは60年代から70年代にかけて多感な時期を過ごした若者に圧倒的支持を得ていた。
主人公はとにかく耐える。忍従を強いられる。屈辱を味わう。
そうやって金を出していながら観客はじらされ、長い時間をかけて暗闇の中で銀幕の中の高倉健に感情移入をしていく。
観客も高倉健と一緒に耐えたればこそ、時間にすればほんのわずかではあっても、最後の敵陣での高倉健に拍手喝采を送ったのだ。
もしあの忍従の時間が15分であったならどうか。
あれほどのカタルシスはきっと訪れない。

今回の変更方式も3話完結のドラマとしてならエキセントリックでそれなりに面白いだろうと思う。
だが、それならカップ戦がふたつもある。場合によってはリーグ戦+カップ戦の要素を含んだACLだって自分のものとして体験できるチャンスもある。
ドラマを楽しめるか否かはこの感情移入を含めた当事者意識があるかないかによるところが大きい。

一度1ステージ制の魅力を知った身には、今回の方式ではシーズンを通しての切実さが身体に染み込んでこないというか、全身に行きわたらないというか、要するにコクが足りないように感じられるのだ。
第一、シーズンを通して一番強かったクラブに、それにふさわしい称号を与えられない可能性があるということは「なんじゃそりゃ!」である。
どうしてもやる必要があるのなら、リーグ戦はいじくらないでカップ戦に適用して、大幅テコ入れをすればいいのにと思う。


だが、私はこのことも同時に明記しておきたい。
今回のように、重要なステークホルダーの一員たる選手やサポーターにほとんど何の説明も周知もなく、性急に結論を出し、決定に至った経緯については猛省するべきだし、今後はそのようなことのなきよう願いたいが、自分たちの所属するJリーグという組織がのっぴきならぬ窮地に陥る前に、萌芽の段階で手を打とうとしている人たちに対しては賛辞と敬意を表したい。
もちろん何も裏がなく、Jリーグが説明している通りだという前提においての話だ。
この十年、これほど積極的で建設的な姿勢はJリーグにはほとんど見られなかった。
そのことだけは忘れることなく覚えておこうと思う。
だが、そのことと、やろうとしていることの内容の是非は別の話だ。
私は是々非々の立場を手放す気はない。

もとより、サポーターも含め、Jリーグのステークホルダーの中には誰ひとりJリーグの発展を願っていない者などいないはずなのだ。
推進しようとする者も、反対を表明する者も、本質的に誰かに罵倒されたり、悪しざまに非難されたりする筋合いのものでもないだろう。
その中には自分も含まれると私は思っている。
だから意見を表明できるのだ。


さて、実は長々と書いてきた上記の文章は前段にすぎない。
これから「では現状を理解した上で他にどのような方法があるのか?」を書く。
これはそう簡単にできることではないだろう。
だが、そもそも決定的窮地に陥らないために行う施策なのだから、簡単な策ならとっくにやっているはずだ。
他に何も有効な方法が見つからなかったというのならば、やろうとしてできないことではないと考える。


日本サッカー協会がJリーグのオフィシャル・スポンサーになればいいのだ。


当然、日本協会の人間もいいと言っている現行方式を維持したままでのこと。

Jクラブの多く(特にJ1)には親会社がある。
その親会社はクラブの赤字を補填してくれる。
補填という形を取らないところでも宣伝・広告費としてユニフォームスポンサーやバナー広告という形で金を
出してくれる。

Jリーグは日本サッカー協会の傘下団体だ。
Jリーグの理事には日本協会の理事が3名含まれているし、
Jリーグチェアマンは日本協会の副会長でもある。
今回の大会方式変更案を策定した「戦略会議」のメンバーにも3名の日本協会の人間が名を連ねている。

Jリーグ(公益社団法人日本プロサッカーリーグ)と日本協会(公益財団法人日本サッカー協会)は組織としては別法人だが、Jクラブに置き換えれば親会社と子会社の関係にあたる。

日本協会の規約には、
「この法人は、日本サッカー界を統括し代表する団体として、サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献することを目的とする」(第2章第3条)と謳われている。
そして、
「各都道府県におけるサッカー界を統括し、その普及振興を行い」(第4章第6条)とある。
(PDF) http://www.jfa.or.jp/jfa/rules/download/17.pdf

JリーグにはJリーグの理念や規約が別途あるが、傘下団体として、当然のことながら日本協会が前提とすることに沿ったものとなっている。
もちろん日本協会が定めている加盟費も毎年納めている。

Jリーグは日本協会が目的としている通り、「サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し」てきているではないか。
Jリーグ以上に「サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し」てきた団体はあるだろうか?
Jリーグ以上に「各都道府県におけるサッカー界」の「普及振興」に貢献してきた団体はあるだろうか?
そりゃあJリーグ以前から現在にわたってずっとサッカー界に貢献しているチームやクラブはいくらでもある。
だけどJリーグの辿ってきた20年という短い歴史を顧みれば、その貢献度は爆発的といっていい。
なにしろ、今や日本はワールドカップの常連国(と呼ぶのはまだ時期尚早か?)となっていて、それはJリーグがなければ今も成し遂げられていたかどうか怪しいくらいなのだから。

そもそもJリーグは表面上はどうあれ、実際のところは宿敵・韓国をはじめとしたアジアの中で代表が勝つために作られたものだ。
そして本当にそうなった。
厳密に言うなら「そうなった」のではなく、強い意思を持って「そうした」のだ。
Jリーグはアジアで勝ってワールドカップに出場できるチームに選手を供給しつづけている。
Jリーグができて以降、Jリーグを経由しないで男子A代表に選出された選手は宮市亮しか思い浮かばない。
(確認していないのでもしかしたら他にもいるかもしれないがすぐには思い浮かばない)

この先どうなるかはさておき、日本代表をここまで強くしたのはJリーグだ。

そのJリーグが窮地に立たされ、Jリーグ実行委員会・戦略会議・Jリーグ理事のそれぞれのメンバー誰もが「1ステージ制の方がいい」(中野幸夫Jリーグ専務理事)と考えているにもかかわらず、「ベストではないがベター」(中西大介Jリーグ競技・事業統括本部長)だという2ステージ+ポストシーズン制をやらざるをえない状況に陥っているのであれば、なぜ日本協会が手を差し伸べないのか?

報道によれば大東和美チェアマンは「新たなスポンサー獲得や放映権料収入などで、10億円以上の収入が見込める」(2013年9月11日付日刊スポーツ)とコメントしている。
であるならば、同額を日本協会がJリーグに協賛金として拠出すればいい。
中野Jリーグ専務理事の言によれば、日本協会の専務理事や理事・技術委員長なども1ステージ制の方がいいと言っているのだから。

そのかわり、代表スケジュールをはじめとした日本協会の事業についてはJリーグが毎試合、全会場で周知させる施策を打つ。
スタジアムのバックスタンド側バナーはもちろん、あらゆる機会をとらえて日本協会の施策を周知させる活動を行う。
そういうことが規約のどこかにひっかかるというなら規約の方を変えればいいのだ。

手を差し伸べる時は手を差し伸べ、一刻も早い自立を促す。
今は日本協会の人間を含め、誰もがベストとは思っていない施策を断行せざるをえない状況なのだ。
手を差し伸べるべき状況ではないのか?
他に何か表立っていない事情があるというのなら話は別だが。

もし、「親会社が(実質)補填しなければ成り立たないようなJリーグならいずれ立ちいかなくなる」という人がいるなら、私はその人にこう返す。
「ではいずれにしてもJリーグは立ちいかなくなりますね。この20年間ずっとなくならないJクラブと親会社の関係のことを考えれば」と。

ただ、そうした場合、大口スポンサーとしての日本協会が、Jリーグには不都合だったりなじまないことを要求してこないとも限らない。
でもそう言ってきたなら「ではJリーグも代表には一切協力できません」と言えばいい。
スポンサーといってもこの場合は大威張りするようなものではなく、親会社としての義務に近い。

報道や記者会見での説明を聞く限り、今回の改革案を断行せざるを得ない第一義的な(表面に出ている)理由は金ということになる。
それはとりもなおさず、トータル的にJクラブの稼ぎが少ないということだ。
苦しいながらもがんばって少しずつ財政規模を大きくしているクラブもあれば、がんばっているにもかかわらず一向に上向かないクラブもあるし、そもそもそれほどがんばっているようには見えないクラブもある。
“互助会”としてのリーグは1クラブだけががんばっても成立しないのだ。
そのクラブのがんばりを目に見える形で体現するのは誰か?
そのクラブのサポーターである。

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ここは私の個人Blogだ。
私見として思うことをつらつらと書き散らかしたが、これがすべてではない。
また、書いたことについては(記者会見以外)直接取材・調査をしたわけでもない。

今回の件についてはサポーターのことを意図的に書かなかった。
なぜなら、今はまだいろいろな思いがうずまいていて、うまく書ける自信がなかったから。
ちょっとしたことならtwitterに書いた。
よろしければそちらにも目を通していただきたい。
どうでもいいこともたくさん書いてあるけれど。

いずれ別の機会に別の形で改めてお目にかかることもあるかもしれない。
その時にはそのことも書いてみようと思っている。
そういう機会があるといいな。


いずれにせよ、決まったことはもう決まってしまったのだ。
今日の次には何をしたって明日がやってくる。
ならば少しでも明るい明日を迎えるために私は心の準備をしようと思う。

私は今回の件で強く失望はしているけれど、絶望はまったくしていない。

twitter:@knt__m
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