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AC長野パルセイロのこと (前編)


3月10日(日)は長野県長野市篠ノ井というところにある南長野運動公園総合運動場総合球技場(南長野運動公園総合球技場)に出かけた。
JFL開幕戦となるAC長野パルセイロ対SC相模原の試合を見るためだ。

さかのぼること4か月前、ケータイサッカーサイトとして日韓ワールドカップ前後には日本で一番の会員登録数を誇ったサッカー三昧のプロデューサー・田中裕行さんからtwitterを通じて連絡をいただき、昨年の11月15日に面談をしていた。
田中さんはご自分の本業のかたわら、パルセイロのweb関係サプライヤーをやっているんだと言った。
そして不定期ながら長野でパルセイロの知名度を高めるためにサッカー三昧トークライブ「オレンジパーク」をプロデュースしており、面談の目的は3月頃に行う予定の「オレンジパーク」にゲストとして出演してくれないかというオファーだった。
その「オレンジパーク」開催日が、今シーズンのJFL開幕日となる3月10日だったわけだ。

私はこれまで、現在の形になってからのJFLはおそらく見たことがない(1試合くらいはあったような気もするが記憶には留めていない)。
今回も田中さんからのオファーがなければわざわざ長野までJFLの試合を見に行くことはなかった。
それはJFLに興味がないからというのではなく、Jリーグを見たり気にしたりするだけで精いっぱいだからというのが正直なところだ。
職業としてライターをやっている以上、金にならないことの優先順位が落ちるのは仕方のないことだと自分では思っている。
遊びではなく、自分はライターという職業でメシを食っているプロなのだ。それはどの世界でも同じことだろう。
少なくとも私自身は無理やりにでもそう思うようにしている。

田中さんとのはじめての面談は、私の住む川崎に来ていただき、メシを食いながらパルセイロを中心とした長野県内の状況やらJFL、Jリーグのことなど多岐に及んだ。
田中さんご自身が学生時代にサッカーをやっていらっしゃった方で、話していること自体がとても楽しく、酒も進んだ。
そして何よりもご自身の仕事やサッカーに対する真摯な姿勢を言葉の端々から窺い知ることができたのだった。

そんなわけで3月10日、私は長野にいた。
松本市やその隣の塩尻市には行ったことがあるが、長野市ははじめてだった。
当日の朝起きると、川崎は前日の初夏を思わせる陽気とは打ってかわって肌寒く感じられた。
長野駅に到着するとそれはより一層強く、厚い雲が空を覆って、風も強い。
おまけに新幹線が長野駅に滑り込んだちょうどその頃には雨もパラついてきた。
駅まで迎えにきてくれた田中さんとふたりで駅売店で傘を購入。
そのまましなの鉄道小諸行きの電車に乗り込み、長野駅から4つ目の篠ノ井駅まで向かう。
篠ノ井駅にはスタジアム行きのシャトルバスが待機していて、他の長野サポーターとともにさっそく乗り込んだ。
シャトルバスにはパルセイロの文字やポスターなどの装飾が施してあり、クラブカラーのオレンジでいっぱいだった。
すると田中さんが「ああいうのは全部サポーターがやっているんです」と教えてくれた。
そう言われてよく見ると、PARCEIROのオレンジ文字などは透明テープで貼ってある手作り感。
うん、悪くない。
発車間際、30代後半くらいの女性とともに60代後半くらいと思われる女性が乗ってきて私たちの対面に座った。
うん、ますます悪くない。

シャトルバスは渋滞もなく快調に進み、15分ほどで南長野運動公園総合球技場に到着した。
ところでこの南長野運動公園総合球技場だが、誰もこんな長ったらしい正式名称を口にする者はなく、サポーターはみな「南長野」と呼ぶ。
そのため、私などは出かける前に「長野市は信州の北部、北信地域なのになぜスタジアム(と呼ぶのも憚られるほどシンプルなものだが)は南長野というんだろう?」と疑問に思ったのだった。
一応説明しておくと理由は簡単で、長野市の南にあるからだ。
だけど私のような県外の人間にとっては、長野というのは長野県全体を指しているものだと勝手に思ってしまうのが大半ではないだろうか?そんなことはないのかな?

その南長野総合球技場はJ加盟を目指すパルセイロのホームスタジアムとしてJのスタジアム基準を満たすために改修(というよりはほとんど新設だ)され、2015年の2月末には立派なスタジアムと生まれ変わる予定だ。
外部の人間としては、できれば南長野という紛らわしい名称(?)ではなく、もっとふさわしい名前にした方がいいんじゃないかとも思うが、それはこれまであの球技場を使ってきた人たちや観客として親しんできた地域の人たちの気持ちを無視した勝手な考えで、優先されるべきは当然地元の人たちの気持ちだ。

南長野総合球技場のあたり一帯は市の運動公園になっており、隣には1998年に開催された長野冬季オリンピックの開会式会場となった立派な建物が、今は野球場として使われていたりする。
町とスタジアムのあり方についてここに詳しく書くことはしないが、いろいろと難しい問題を孕んでいる。
立地やそこに至る交通インフラ、駐車場の問題、建設費用から採算の問題、そして立ちはだかる昭和31年4月20日制定の都市公園法。
なかなかに難しい問題がたくさんある。
そのためにもスポーツ基本法が制定された今、少しでも早くスポーツ庁・スポーツ省ができることを私としては願っている。
実態にそぐわない法令でも法令には違いない。
それを変えていくにはどうしても政治の力が必要だからだ。

さて、止まない雨の中、試合会場のまわりにはすでにオレンジを身につけたサポーターがいっぱいいる。
残念なのはその上に半透明の合羽を着なければならない天候なのだが、それは如何ともしがたいので言ってもしょうがない。
前述の通り、私はJFLの試合会場に来るのははじめてなのだが来てみてちょっと驚いた。
Jクラブほどの規模ではないにしても、スポンサーが展開する試食ブースがふたつあり、飲食の屋台カーも4、5台はあった。
あれはJFLのどの会場でもそうなんだろうか?
その昔、まだJリーグが創設される前、JFLの前身であるJSL(日本サッカーリーグ)の頃とは格段の違いだ。
こんなところにもJリーグの影響はあるんだと妙に感心してしまった。
私は田中さんと、パルセイロのトップユニフォームスポンサーである「ホクト」が提供している熱々のキノコ汁と、県の農政部が提供しているこれまた焼きたての牛肉をいただいた。
どちらも超がつくほどのおいしさだった。
それから盛大に聞こえてくる長野サポーターの声のするところに行って、新しくできたチャントなのだろう、飛び跳ねながら歌う決起集会をしばらく見ていた。
うん、悪くない。
試合会場はどこにでもあるただの地方球技場だが、彼らがそれを「スタジアム」に変えてしまう。

そんなこんなでキックオフの13時が近づいてきた。
報道受付で当日受付を済ませ、メインスタンド中央の記者席に向かう。
だが、記者席といっても他の席と同様、屋根などない吹きっさらしの長椅子席だ。
もちろん机などもない。
もしかしたら本当はテントを張る予定だったのかもしれないが、それさえ吹き飛んでしまうくらいの強風だったから断念したのだろう。
雨は止みそうにない。
取材ノートを取るにしても雨と風でノートは濡れるし、手はかじかんで思うようにペンを走らせることもできない。
贅沢だとかそういうレベルの話ではなく、やはりJリーグのスタジアム基準にある記者席に関する要綱はあった方がいい。
でないとJリーグがいうように、露出にも悪影響を与えかねない。

長野のゴール裏に目をやると、試合前のウォーミングアップは十分なようで、ゴール裏いっぱいに陣取ったたくさんのサポーターがずっとチャントを続けている。
私は頭の中で、大きくなったスタジアムのゴール裏席に彼らを置き換えてみた。
今はいっぱいに見えるゴール裏だが、大きくなればそれでも少なく感じてしまうだろう。
クラブともどもまだまだこれから進展の余地はあるし、そうしていかなければならない。
彼らの前にはクラブエンブレムのライオンを意識しているのだろう、「獅子よ、千尋の谷を駆け上がれ」という横断幕が貼られているのだが、駆け上がらなければならないのは何も選手だけではない、キミたちもそこを必死の思いで駆け上がらなければならないのだ。
そして次に私はSC相模原のゴール裏に目をやった。
そこには36名のサポーターが確認できた。
このカテゴリーでその人数が多いのか少ないのか私にはわからない。
ひとつだけはっきりしているのは相模原は昨シーズンは地域リーグにいたクラブだということ。
少数であるがゆえの精鋭たちなのだろう。
長野も相模原も、ともにJリーグを目指している準加盟クラブである。

そんなことをつらつらと思っているうちに選手が入場し、キックオフの笛が鳴った。
東日本大震災の犠牲となってしまった方たちに黙祷を捧げるかと思っていたが、それは行われなかった。
前日に取材に行ったJリーグ・川崎 vs 大分では行われたのでちょっと残念な気もした。
試合がはじまり、5分も経った頃だろうか、雨が雪に変わった。
寒さは一層厳しくなったが、メモを取るには雨より雪の方が都合はいい。
ピッチに散らばった両チームの選手にはそんなことはどっちでもいいのかも知れないが。
このコンディションの中、ホームの長野に1人、アウェイ相模原には2人いる。
三浦カズばりの半袖の選手。

試合は私の予想に反して相模原がペースを握った。
アグレッシブな守備から攻撃への切り替え。
長野が何とかそれを凌ぐという展開。
長野のシステムは4-3-3だが、実質的には1トップ2シャドーにアンカーを置いた4-3-2-1のいわゆるクリスマスツリーに見える。
昨シーズンのJFLでベストイレブンに選出された宇野沢祐次(キャプテン)や大橋良隆もちゃんと先発しているが、前半で一番目についたのは彼らではなくFW登録の松尾昇悟だ。
2シャドーの左にポジションを取る彼は、ワイドに開きながらも時には絞って中をケアし、時には最終ラインまでボールを追って下がる驚くべき運動量。
だがその動きが今年から指揮を任されている美濃部直彦監督の戦術的にどうなのかというのは判断がつかない。
それと、昨年何回か長野のホーム試合を見ていて、川崎から私と同行した者の話から田中恵太もひそかに注目して見ていたのだが、残念ながら特筆すべきプレイは見られなかった。
ただ、ポジション取りを見る限り局面における状況判断は悪くない。
いわゆるサッカーIQ的にクレバーな選手なのだろうと想像を膨らませながら見ていた。

風は相変わらず強く吹いて止むことがない。
前半は相模原ゴールから長野ゴールに向かって吹いている。
「このまま前半を無失点で凌げば少なくとも長野の負けはないんじゃないか」と思ってピッチを見ていたが、その通り前半は互いにスコアレスでハーフタイムを迎えた。

後半になると、追い風を味方に長野が徐々にペースを作り、相模原は守勢にまわらざるをえなくなった。
マイボールにするとボールを細かくつなぎ、ポゼッションを高めようとする長野。
ボールを握った長野に対し、なんとか食い止めようとする相模原といった展開が続く。
そのため球際が激しくなり、レフェリー・荒木友輔1級審判員の仕事も忙しくなった。
その笛はどうかと思える場面が何度かあったが、レフェリーのジャッジを問題にするよりもっと大きな問題はやはりスリッピーなピッチと吹き荒れる強い風だ。
「JFLでもボールをつなぐサッカーをやろうとしているんだな」という感慨と「ピッチコンディションを考えたサッカーができないものか」という小さな苛立ちのようなものが私の中でせめぎ合う。
前半もそうだったが、長野はチャンスを作ってもなかなかフィニッシュまで持ち込めないし、ポゼッションの割にはそのチャンス自体もそれほど多く作れているわけではない。
ポゼッションサッカーを指向するチームにありがちなことだが、ボールをつなぐことが目的化してしまい、シュートに対する意識があまり見られないのが残念だ。
ペナルティエリアに入ったらゴールに対する執着を見せて欲しい。
ゴール前での迫力のあるプレイが見たい。
そんな気持ちが私の中で身を切る寒さに勝っていた。

ところで、何度かあった長野のCKのこと。
前半はFPがゴールエリアの中に何人も固まり、キックと同時にゴールから分散するという、公式戦ではあまり見慣れない形を取っていた。
その手のことをよくやっていた監督がひとり頭に浮かんだ。
長野の「信州ダービー」の相手、松本山雅の反町康治監督だ。
アルビレックス新潟のJ2時代、監督をやっていた頃の彼は用意周到で、審判すらスカウティングの対象にしてしまう。
もしかしたら美濃部監督は反町監督のように細かい、意外なところまで考えるタイプなのだろうかと思ったりした。
だが後半になるとあっさり普通のCKに戻してしまったのが私としてはちょっとだけ残念な気がした。

その美濃部監督率いる長野はサイドも中も使いながら細かくつないでバイタルエリアあたりまではボールを運ぶものの、裏を狙うでもなく、追い風に乗せてミドルを打つわけでもなく、相変わらずつなごうとする。
サイドからのクロスは風に流されて精度を云々できるレベルではなく、このまま開幕戦をスコアレスドローで終えるものと思いはじめていた。
審判が示したアディショナルタイムは4分だったか。
その半分くらいが過ぎた頃、美濃部監督は私がその運動量に目を瞠った松尾昇悟を下げて同じFWの佐藤悠希を投入した。
佐藤に与えられた時間はわずか2分あまり。
私のすぐ前に立っていた長野サポーターがそぐそこに見える美濃部監督に対して「交代するなよ!」と叫んでいる。
そう思うのも無理はない。
あまりにも時間がなさすぎるし、この寒さではウォーミングアップが十分であったとしても筋肉は収縮しているだろう。

ところが。

交代でピッチに勢いよく走り込んだ佐藤が歓喜を連れてきた。

ペナルティエリア内でボールを受けたキャプテンにして点取り屋の宇野沢がDFを背負い、体勢を崩しながらもフリーになっていた佐藤にボールを預けた。
佐藤は悪いピッチコンディションにもかかわらず、落ち着いてボールを受けるとスライディングしてきた相手DFより一瞬早くボールを蹴り込み決勝点を挙げた。
入場者数2388名のうち、相模原の応援に来た者を除いた全員が一気に沸騰した。
佐藤もチームメイトと喜びを分かち合ったが、ゴール裏のサポーター席には駆け寄らなかった。
もう3月だというのに小雪が舞い散るこのフィールドを青々とした芝に保っているグラウンドキーパーに感謝を捧げていたのかもしれない。
雨による水たまりもあるようには見えなかった。芝は素晴らしかったのだ。
相模原ボールで試合が再開されると直後に試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。
いつの間にか雨は止んでいた。

この悪天候で開幕戦の観戦を断念したファン・サポーターも決して少なくなかっただろう。
競技場の中は喜びを隠そうとしない幸せな人間で溢れていたが、Jを目指しているクラブとしては決して多いとはいえないそのサポーターの数だけに、いつの日か語り継がれる伝説の試合となるかもしれない。
目撃者が少なければ少ないほど、語られる濃度は高くなる。そんなものだ。

試合後、すれ違ったSC相模原の望月重良代表に挨拶をし、監督会見に向かった。
美濃部監督にどうしても確かめておきたいことがあったのだ。


(前編・了 後編に続く)




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